【堀先生の部屋】ナラタケについて
樹木生態研究会最高顧問 堀 大才
はじめに
ならたけ病は針葉樹、広葉樹を問わず樹木にとって最も怖い土壌伝染性病害の一つで、担子菌門真正担子菌綱ハラタケ目キシメジ科ナラタケ属(Armillaria)の菌類による病気である。ナラタケ属の菌は森林土壌には普通に棲息しているが、木質チップや未熟なバーク堆肥をマルチングなどで施用した公園緑地でも時折大発生する。
筆者は菌類の専門家ではなく、ナラタケについては十分な知識を持っていないが、樹木の主要な病害としてナラタケは無視できないほどの存在であり、全国各地でならたけ病が問題となっているので、本稿ではナラタケについて若干の説明をしようと思う。
1 ナラタケの仲間の分類
日本産のナラタケ属は、以前はナラタケとナラタケモドキの2種に分けられていたが、ナラタケとされている菌にも樹木に対する病原性の強弱や子実体の形の多様性や相互の和合性・不和合性の違いがあり、欧米ではナラタケ属は幾つかの種に別れていた。そこで日本でも研究が進んで近年その分類は大きく変わり、現在は幾つかの種に分かれている。しかし、分類は文献によって幾らか異なる状態であり、一例をあげると下表のように分けられる。
日本に分布するナラタケ属
A. cepistipes クロゲナラタケ
A. ectypa ヤチヒロヒダタケ 樹木でなく湿地のミズゴケなどに発生。柄につばがない
A. gallica ワタゲナラタケ 別名ヤワナラタケ、ウスナラタケ
A. hutea 和名なし
A. jezoensis コバリナラタケ
A. mellea subsp. nipponica ナラタケ 日本産は欧米に分布するナラタケの亜種とされる
A. nabsnona ヤチナラタケ
A. ostoyae オニナラタケ 別名ツバナラタケ。かなり病原性が強い
A. sinapina ホテイナラタケ
A. singular ヒトリナラタケ
A. sp. キツブナラタケ 学名未記載
A. tabescens ナラタケモドキ 柄にツバがない。都市の公園緑地にも多く見られる
2 ナラタケモドキについて
ナラタケモドキのシノニムとしてDesarmillaria tabescensがある。ナラタケモドキに関する多くの論文は今もナラタケ属として扱っているが、インターネット菌類検索サイトの“大菌輪”では別属としている。
ナラタケ属の菌では生きた木の地際や樹皮上、枯れ木の浮いた樹皮内などに黒褐色の根状菌糸束が普通に見られるが、ナラタケモドキは自然界では滅多に根状菌糸束をつくらないという。しかし、人工培地上ではしばしば黒褐色の根状菌糸束を発生させ、また自然界でも稀にオレンジ色の根状菌糸束を出すことがあるらしい(筆者はまだ見ていない)。ナラタケモドキ子実体の柄にはつばがないので、広義のナラタケ類と容易に区別できる。
公緑地や都市内の社寺境内林でしばしば発生し、とくに木質堆肥やバーク堆肥を土壌に混入したり、木質チップをマルチしたりしたところでは大発生していることがある。それによって樹木がしばしば衰退したり枯れたりしているのを見る。
3 オニナラタケは世界最大の生物
アメリカのオレゴン州北東部のブルーマウンテンズ(Blue Mountains)内のマルール国有林(Malheur National Forest、約6,880㎢(688,000ha))の森林土壌にはオニナラタケの様々な大きさのジェネット(genet)が存在するという。
最も小さいジェネットは約20ha、中位の大きさのものは200ha前後、最大のジェネットは965ha以下、その重量は7,567tonから最大36,000tonとされている。なお、別のインターネット情報では最大のジェネットの面積を890ha、推定重量を6,000tonとしている。
因みに、栄養繁殖により作られた同一の遺伝子型を持つ個体をラメット(ramet)と言い、ラメット全体の集まりをジェネットという。ジェネットは全体で一つの遺伝子型であることが求められ、すべての個体がつながっているか否か(例えば地下茎や根系、菌糸による連絡)については問われない。実際問題として、菌糸が全部つながっているか否かについては証明のしようがない。ただし、遺伝子型が同じでも離れて存在する場合は一つのジェネットとは扱われない。
ここで一つの疑問が生じた。このオニナラタケのジェネットは時折きのこを発生させるという。後述するように、オニナラタケがきのこを発生させるのは異なる遺伝子の和合性の2系統が接合(有性生殖)した結果であるので、完全に同一の遺伝子の菌糸ばかりではないのではないか?という問題である。
なお、地下茎で増殖するタケ・ササ類、気根が支柱根となって枝を支え、徐々に水平方向に樹冠が広がっていくガジュマル類、根系から根萌芽するポプラ類やニセアカシアなどの場合、少々分断されていることを無視すれば、このオニナラタケに匹敵するジェネットがどこかにあるかも知れない。
4 ナラタケ菌の特徴
ナラタケの仲間かそうでないかの見分け方の一つに黒褐色の根状菌糸束の存在がある。ホウライタケ属も根状菌糸束を形成するが、形態がやや異なる。ナラタケ類の根状菌糸束は枝分かれが多く、樹木の根あるいは髭のように見え、樹木の表面に絡みついたり、枯れた木の樹皮の内側を這ったりしている。根状菌糸束は厚く硬い細胞壁をもつ黒褐色の菌糸層が表面を覆い、内部の細く灰白色の菌糸を保護している。すなわち、乾燥などの厳しい環境下に置かれて耐久体となっている。
樹木の根は絶えず伸長と分岐を続けるが、一方では絶えず無数の細根が枯死している。生きた樹木に寄生していない時のナラタケは基本的に落枝や倒木を餌にして腐生生活をしているが、ナラタケの菌糸はこのような死んだ細根も餌にして生活している。すなわち、健全な木の根株にもナラタケは棲息しているのである。
樹木の細根は絶えず分岐し、また枯死しているが、新陳代謝で細根が枯死する時は死ぬ部分と生きている部分の分岐部に強力な防御層が形成されるために、ナラタケの菌糸は根系の生きた健全な組織に侵入することができない。十分に養水分を吸収できくなった根は分岐部の篩部が閉塞して光合成産物の供給が停止し導管も閉塞して、閉塞部分より先は死んでしまうが、その閉塞部分に多量のフェノール性物質が沈着し、また細胞壁がコルク化して、死んだ根から樹木本体への菌の侵入を阻止する。地上部の細い枝が光合成産物を十分に生産できなくなった時に、分岐部の水分通導組織が閉塞し、その枝は枯れるが、養分や水分の通導組織の閉塞部分がそのまま防御層となって、枯れた枝から病原菌等が侵入するのを防いでいる現象と似ている。
森林などでは、台風によって木が大きくゆすぶられて根が傷つき、その傷からナラタケの菌糸が侵入し、数年から10年ほど経ったのちに枯れることが多い、という説を、元宇都宮大学教授の谷本丈夫先生は述べており(筆者が谷本先生から直接聞いた話。いくつかの文献も台風等の気象害と集団的ならたけ病発生の関係を指摘している)、筆者も自分の観察結果から概ね同意している。北海道のカラマツ林で大発生しているならたけ病の発端も強風や異常な冠雪、すなわち気象害と考えられている。
5 系統の異なる菌糸の接合
多くの担子菌類は2核菌糸(n+n)が樹体の外まで菌糸を伸ばして子実体を形成する。最初の担子器内の核はn+nであるが、二つの核は合体して1核(2n)となる。次いで2nの核は減数分裂によって4つの1核の担子胞子が形成される。担子胞子は担子器の外に形成され、風で飛ばされて樹木の傷や倒木、枯れ木などに到達すると、発芽して1核菌糸を伸長させる。系統の異なる(性の異なる、すなわち和合性の)1核菌糸がたまたま出会うと、部分的に交配が生じて、菌糸の一部に2核菌糸が形成される。
1核菌糸は遺伝情報を持つ染色体が1組しかない半数体の状態の菌糸であり、その相互の接合(菌類が有性生殖により遺伝子の授受を行うことを接合という)は、交配を制御する遺伝因子(不和合性因子)により支配されており、交配型が異なり相補的な組み合わせの2種の菌糸が接近して接触した時に接合によって遺伝子の授受が生じる。同じ交配型の因子を有する2種の一核菌糸の間では交配せず、相補的な組み合わせでのみ交配が可能となる。
以上のように、子実体を形成する担子菌類の接合には異なる性の菌糸が出会う必要があるが、担子菌類には雌雄の区別はない。接合の際に、遺伝子を供給する側を雄性、受け取る側を雌性とみなす考え方もあるが、雌雄が逆になることは普通にあるので、結局のところ雌雄の区別はない。担子菌類は子嚢菌類と異なり、酵母の状態になることは少ないが、無性胞子による増殖をするものもある(例えば銹菌類)。しかし、きのこの仲間の増殖で一般的なのはヘテロタリック(heterothallic)な有性生殖である。ヘテロタリックとは自分と異なる遺伝子様式としか接合しない、すなわち自家不和合性の形式のことである。
キノコをつくる担子菌類の交配は1対の対立遺伝子であるA因子が関与する2極性(A、aあるいはA1、A2と表記する。子嚢菌類はすべて2極性)と、連鎖していない4極性の対立遺伝子(AB、Ab、aB、abあるいはA1B1、A1B2、A2B1、A2B2と表記する)の2つのタイプが知られている。食用菌のシイタケとエノキタケは4極性であり、ナメコは2極性であるという。
日本産ナラタケ属のうち、狭義のナラタケ(A. mellea subsp. nipponica)以外の種は2対の対立遺伝子すなわちAとB、aとbで決まる4極性のヘテロタリックで、狭義のナラタケはノンヘテロタリック(non-heterothallic)すなわちホモタリック(homothallic、自家和合性)とされている。ホモタリックとは交配せずに2核菌糸を形成して子実体を発生させることである。
4極性のヘテロタリックの不和合(×)と和合(〇)
不和合は遺伝子の交配が不可、和合は交配可能
AB | Ab | aB | ab | |
AB | × | × | × | ○ |
Ab | × | × | ○ | × |
aB | × | ○ | × | × |
ab | ○ | × | × | × |
狭義のナラタケ(A. mellea subsp. nipponica)は二次的ホモタリズムではなく、完全に無性的な生活環をもつ一次的ホモタリズムである。なお、二次的ホモタリズムとは、性的に異なる2個の核が1個の有性胞子にすでに含まれている状態で、ツクリタケやハタケキノコでみられる。担子胞子は発芽した時点で直ちに重相菌糸(n+n)となり、他の菌糸と接合することなく正常な子実体を形成する。
6 ならたけ病に対する主な対策
土壌伝染性の病害を防ぐための基本は、第一に根を傷つけないことである。移植や土木工事により根が大きく傷つくと、病原菌はそこから侵入して罹病しやすい。樹皮は最前線の防御層であるので、樹皮が欠けて材がむき出しになった部分は防御力が極めて弱い。健全な植木は小さな苗木の段階から何度も床替えをして、太い根を一度も切ることなく、根元近くに細根を発達させたものである。細根は常に入れ替わっており、細根が死んでもそこから病菌が侵入することは、普通はない。林業では大苗でも高さ50cm程度、一般的には30cm程度の、しかも何度か床替えをして根元近くに細根を発達させた苗木を植えつける。すなわち、太い根を一度も切ることがなく、これによってならたけ病などの土壌伝染性の病気の感染を防いでいる。緑化木を植え付ける際も、苗木の時から床替えなどの根回しを頻繁に行って太い根を切っていない植木を植栽するのが良いが、そのような木は現在では得難いので、植栽時に根を切る必要のないコンテナ(ポット)栽培木を利用することも考えられる。既存木の樹勢回復のために土壌改良をする際も、既存の根を傷めないように改良する。
ならたけ病に対しては罹病木の根も含めて除去するのがよい、とされているが、森林では不可能であり、公園緑地でも困難である。
ならたけ病に効果的な薬剤としてクロルピクリン剤、ダゾメット剤などが挙げられ、低濃度のエタノールが効果的であるとの報告もあるが、狭い範囲ならまだしも、森林では実効性のある実施は不可能である。
ナラタケ類は森林土壌に普遍的に棲息しており、ほとんどすべての生きた木の根株の死んだ細根などにいるが、大きな傷が生じなければ樹体内には侵入できない。台風等で強風が吹き荒れた場所では、大きく揺さぶられた樹木の根は傷ついている可能が高く、ならたけ病に侵される可能性が高いので、注意が必要である。
木が強くゆすぶられるとき、倒れたり傾いたりしなければ、根はそれほど動いていないので、強い引張りにより太い根が切断されるより、強い圧縮により分岐部が割れてしまう(叉裂き状態)ことのほうが多いと考えられる。その傷から根の内部に侵入するのであろう。
山林や林道沿いにサクラ類などの緑化樹木や花木を植栽した場合、多くの場所で生育不良となっている。その原因のひとつとして、筆者はならたけ病を疑っている。緑化樹木や花木を植栽する時、ほとんどの場合、かなり大きな木を、根や枝を切って植え付ける。それによってナラタケ菌に感染しやすい状態となっているのではないかと考えている。
主な引用・参考文献
1 BBC news https://www.news bbc.co.uk/2hi/science/nature/869808.stm
Fantastic fungus find
2 大菌輪 http://mycoscouter.coolblog/daikinrin
3 鎌田堯(2004)担子菌(きのこ類)の交配、子実体形成にかかわるシグナルと受容体、日本農薬学会誌29(3)
4 きのこ実験マニュアル編集委員会(1995)きのこ基礎実験技術(第4回)、きのこの科学vol.2 No.4
5 太田祐子(1997)日本産ナラタケの生物学的種と生活環に関する研究 東京大学学位論文要旨
6 太田祐子(1999)日本におけるナラタケ属菌について、森林防疫vol.48 No.3
7 太田祐子(2001)交配試験を用いた日本産ナラタケ属菌の生物学的種の判別方法、微生物遺伝資源利用マニュアル(10)農林水産省農業生物資源研究所
8 サライ https://serai.jp/tour/1030029
9 Scheppke, Jim(?)Humongous Fungous, Oregon Encyclopedia Society, A project of the Oregon Historical
10 寺下隆喜代・山之口猛(1983)ヒノキのナラタケ病被害木の生育経過-鹿児島県下における一例-、日林九支研論集№36
11 寺島和寿(1998)ナラタケ属における分子系統および遺伝的変異に関する研究(北大学位論文)、北海道大学北方資料データベース
12 徳田佐和子・小野寺賢介(2018)道東で発生しているカラマツヤツバキクイムシ被害とならたけ病について、北方森林研究66