平地林の環境保全機能と保育管理
堀 大才
大昔から人々の生活と密接なつながりを持って維持されてきた日本の平地林は消滅の危機に曝されている。都市化によって次々と姿を消しており、特別に保護された樹林は存続を許されているものの、それ以外の平地林はいつまで存在できるか誰も保証できない。しかし、平地林はその存在自体が極めて重要であり、単に保護・保全するだけでなく積極的に再生を図るべきものであろう。樹木生態研究会の会員の方々にこのようなことをいうのは釈迦に説法するようなものだが、筆者が平地林について常々考えてきたことを以下につづる。
Ⅰ 環境保全機能
樹林の環境保全機能は多様であり、おおむね以下のような機能を持っているが、いずれも簡単には人工物に置き換えることのできない重要な機能である。
1 二酸化炭素(CO2)固定機能
大気中の二酸化炭素を取り込んで光合成を行い、幹や枝や根に木材として、土壌中に腐植として二酸化炭素を長期間貯蔵し、温室効果のある大気の二酸化炭素が増えないようにする。この機能はすべての森林・樹木に存在する基本的な機能であるが、近年この機能が注目されているのは、急速な地球温暖化への危機意識である。この機能は良好な樹林状態を長期に維持することで達成される。森林の炭素固定量は枝、幹、根に材として蓄積される量と、土壌有機物として土壌に蓄積される量を計測して算出する。現在の森林の炭素固定量は以下のように計算されている。
・樹木が保持する炭素量:幹材積量×拡大係数×(1+地下部比率)×材の容積密度×炭素含有率
・土壌が保持する炭素量:A1層の上の有機物層(O層あるいはA0層という、上からL:落枝落葉層、F:発酵層、H:腐植層の各層に分かれる)を含めて各層位(O、A1、A2、B1、B2まで)ごとにサンプルを採取し、土壌有機物の量を測定して炭素含有率を算出する。O層の有機物量は季節により著しく変動する
立木の幹材積は計算するのが大変なので、林野庁作成の立木幹材積表(東日本編・西日本編、1970)や都道府県が公表している幹材積表で、当てはまる樹種と太さ(胸高直径)の数値を適用するのが一般的である。また、森林総合研究所が公表している計算ソフト(立木幹材積表に対応)を使うこともできる。
拡大係数は枝条を含んだ材積を想定するために、幹材積に係数をかけたもので、スギ・ヒノキの場合、20年生以下で1.5~2.2、21年生以上の壮齢林で1.1~1.5程度とされている。
(1+地下部比率)を乗じるのは根系も含めた材積量を想定するためのものであり、地上部材積に対する平均的な根系材積の比率である。地下部比率は一般的に針葉樹0.2~0.3、広葉樹0.2~0.4で、壮齢林よりも若齢林のほうが高い傾向がある。しかし、尾根筋の風が強く乾燥しやすい環境では、地上部の成長が抑制され、根系の成長が促進されるので、この値は1に近くなる。
材の容積密度は絶乾時の密度で表し、普通針葉樹人工林で300~600kg/m3とされており、樹種別にはスギが350kg/m3、ヒノキが400kg/m3程度、広葉樹はナラ類・カシ類が500~800kg/m3とされている。
木材の炭素含有率は絶乾重量比で0.5を代入するのが慣例となっている。木材の細胞壁成分の40~45%を占めて木材で最も多い成分であるセルロースはグルコースがグリコシド結合(脱水結合の一種)したもので化学式は(C6H10O5)n(nは5,000~数万)であり、その炭素含有率は(12×6)g/mol÷(12×6+1×10+16×5)g/mol=0.444である。木材細胞壁の20~30%を占めるヘミセルロースは不均一な複合多糖類で単一の物質ではなく、その化学式は主に(C5H8O4)nや(C6H12O6)nで表されるが、その炭素含有率は前者の式で(12×5)g/mol÷(12×5+1×8+16×4)g/mol=0.45であり、後者の式で(12×6)g/mol÷(12×6+1×12+16×6)g/mol=0.4である。木材細胞壁の20~35%を占めるリグニンはフェノール性の複雑な不定形の巨大分子であり決まった化学式を持たないため、化学式で表すことができないが、炭素含有率は0.6~0.65とされている。もし仮にセルロースの成分構成が40%、前者の式のヘミセルロースの成分構成が30%、リグニンの炭素含有率が0.63で成分構成が30%であったとすると、0.444×40%+0.45×30%+0.63×30%=0.5016となる。実際のところはこれ以外の成分も幾らかあり、樹種により部位により成分量も少々異なるが、平均すると木材の炭素含有率は0.5程度と計算されている。以上の計算式で算出された炭素蓄積量を二酸化炭素量に換算する場合は(12+16×2)g/mol÷12g/mol=3.6667倍すればよい。
土壌有機物は短時間で分解されCO2に戻る落枝落葉、植物の肥料成分として徐々に分解される栄養腐植、長期間分解されずにいる安定腐植の3つに分かれるが、土壌炭素量の測定はこれらを対象に行う。落枝落葉量は季節によって著しく異なるので、年間を通じて何度か測定する必要がある。まず、対象森林から標本地を選び、各層位(O層、A層、B層までで、C層以下は普通測定しない)から一定量のサンプルを採取し、絶乾状態にしてから重さを計り、燃焼させて発生するガス中の二酸化炭素量を測定する方法と、簡易的には燃焼後に減少した分の重さを有機物量とし、それに0.5を乗じて炭素量を算出する方法がある。筆者は後者の方法をやったことがある。近年、森林、草地、農地等の土壌中の炭素量は従来想定されてきた量よりもずっと多いことが分かり(実際のところは対象とする森林の場所や計算方法によりかなり異なる)、土壌保全の意義が注目されている。岐阜県森林科学研究所(2002)による森林土壌調査では、平均して109~121ton/haの炭素が蓄積されていると計算されている。熱帯降雨林と冷温帯落葉広葉樹林(ブナ林やミズナラ林)と亜寒帯針葉樹林(エゾマツ・トドマツ林)の土壌中炭素量を比べると、亜寒帯針葉樹林は低温のために有機物分解速度が遅く、O層(A0層)が厚くそこでの蓄積量が多く、熱帯雨林は通年湿潤高温のために有機物分解が極めて速く、O層(A0層)やA層がほとんどなく、鉱質土層となっている。A層やB層が発達しているのは冷温帯落葉広葉樹林である。
2 水源涵養機能
腐植に富み通気透水性が高く深くまで根が発達している土壌は降水を地下深くまで浸透させて地下水を涵養し、土層の濾過機能によって水質も保全する。平地林の水源涵養機能は山地林ほど注目されていないが、地下水涵養機能は無視できないものである。例えば、明治神宮御苑内の清正の井戸は清水が滾々と湧き出ているが、もし境内林がなければ涸れてしまうであろうといわれている。
3 土砂流出防止機能
豊かな林床植生、厚い有機物層および腐植に富んだA層を持つ浸透能の高い土壌は斜面を流れ下る表面流が生じるのを防ぎ、土砂が河川に流出するのを阻止する。平地林の中でも河岸段丘に発達した斜面林は表面流がシート浸食(seat erosion)、リル浸食(rill erosion)、ガリ浸食(gully erosion)を発生させやすいので林床管理が重要である。
4 防風機能
風速を弱めて作物等の収穫を可能とする。特に春の植物の芽出し時期における防風機能は極めて大きな意味を持つ。防風効果は風下側に、最大で林冠高の30倍程度あるとされているが、樹林の密度が高過ぎると壁にぶつかった風のようになる。壁にぶつかった風は壁を越えてから急降下して壁のそばで渦を巻くようになる。立木密度が高すぎて林内を風が通り抜けることができないと樹林の防風機能は却って低下するので、適正な密度管理(風が樹林内を幾らか透過する程度)を必要とする。樹林の防風機能は人の体感温度の低下を防ぐが、この機能は植物にとっても重要である。北海道十勝平野の碁盤の目のような防風林帯は有名で、筆者も初めて飛行機の上からこの景観を見たとき、とても感激したものである。
5 飛砂防止・防塵機能
強風のとき、細かな砂塵はかなり高くまで舞い上がるが、粒径の大きな砂は地表から1m以下を転がるように移動する。樹林はその塵埃が舞い上がるのをしずめ、微小な浮遊塵埃を落下させる。防風効果と関係が深く、特に太平洋岸の冬乾燥しやすい地域では、作物が植わっていない乾燥した農地の表土が強風によって砂塵となって舞い上がるのを防ぐ。飛砂防止機能を高めるためには林床の状態が重要で、豊かな林床植生が必要である。同時に、枯れ枝などもあまりきれいに除去せず「枯れ木も山の賑わい」の状態がよいとされている。
6 生態系保全機能
哺乳類、鳥類、昆虫類、着生植物など多様な生物が複雑な生態系を形成しながら健全な生活ができる環境を形成する。生態系保全機能は林冠構成樹種の多様性、林冠の高さ、複雑な階層構造、立木密度、林床植物の種類の多様性等によって変わるが、林冠の光線透過率が高く林床植生が多様で繁茂しているときに高い傾向を示す。機能的には立木密度はやや疎と感じるほどの明るい樹林の方が普通は高い。また樹木の太さや樹洞の存在も重要である。
7 生物の多様性の保全
多様な種、品種の永続的な生存を可能とする。生態系保全機能と密接に関連しているが、種の豊かさは基本的に林分構成種の豊かさと林床植生の豊かさに関係している。種的多様性は自然度の高さとイコールではなく、人によって適度に利用され森林樹木の倒伏や枯死が適度にあり、更新が行われながら、全体的には森林状態が続くことによって維持されることが多い。
8 気温上昇緩和機能
葉から蒸散される水分の気化熱すなわち蒸発熱によって気温上昇を緩和する。都市のヒートアイランド現象の緩和には樹林の持つこの機能が大きく貢献する。この機能の大きさを計算したところ以下のようになった。気温が異なると水の蒸発熱量は異なるが、気温25℃のときの水の蒸発熱は2,442kJ/kgであり、これは約44kJ/mol(水1mol=18g)であり、さらに2.442kJ/gである。1kcal=4.18605kJであるので、1g当たりの蒸発熱は0.5834kcalと計算される。日本の森林の平均的な蒸発散量は1年間で約600~800mm、平均で750mmとされている。もし仮に1haの森林の1年間の蒸発散量を100m×100m×0.75m=7,500m3=7,500tonとすると、7,500tonは7,500,000,000gなので、0.5834kcal/g×7,500,000,000g=4,375,50,000kcalとなる。すなわち1haの森林は1年間に約44億kcal(気温25℃で計算)の蒸発熱を奪う計算になる。
9 防雪機能
多雪地の鉄道や幹線道路の沿線に樹林が設けられていることがある。上から降ってくる雪が線路や道路に積もるのは防げないが、ブリザード(blizzard)のように強風で流れてくる雪を、樹林で風速を弱めて樹林内に堆積させ、線路や道路に積もるのを防ぐ。日本初の鉄道防雪林(1983年造成)は東北本線沿線に50ha設置され、現在は青森県野辺地町の野辺地駅(旧国鉄、現青い森鉄道)周辺に2kmにわたる鉄道記念林が残されている。しかし、残念ながら防雪林は年々姿を消しつつある。北海道黒松内町の函館本線熱郛(ねっぷ)駅周辺にはトドマツ主体でカラマツ、ヤチダモ、ヤマハンノキなども交えた鉄道防雪林があるが、幅が50m以上もあり極めて立派である。この防雪林は筆者の森林樹木に関する観察場所、研究場所であった。
10 大気汚染物質吸着機能
森林内は風が弱くなるので、汚染物質は落下しやすい。また、樹木は茎葉による表面積が極めて大きいので、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、微小粒子状物質(PM2.5)などの微細な大気汚染物質を吸着する効果がある。
11 防音機能
道路や工場から発生する騒音を緩和する。とくに枝葉の密度が高い樹種でこの機能が大きい。林相が多層構造(複層林)で林床植生が豊かな森林はこの機能が大きい。
12 防臭機能
畜産施設、屎尿処理施設、下水処理施設、工場、道路等から発生する臭気を緩和する。昔、日本中央競馬会(JRA)からの助成金で畜産と森林の関係について調査したとき、枝葉の密度の高い樹種でこの機能が大きいことに気が付いた。防音機能の高い森林は防臭機能も高いと考えてよいであろう。ただ、気を付けなければならないことは、畜産施設から発生する臭気に対してヒノキの感受性が高く、畜産施設の周囲のヒノキ林では枯れたり樹形が変形(とっくり病になりやすい)したりする現象が多く見られることである。それに対し、スギ林ではそのような傷害は現れない。
13 遮蔽機能
人の視線を遮り見えにくくする。この機能は林床植物が人の背丈ほどの高さであるとよい結果が出る。
14 庇陰提供機能
日陰をつくって人や動物を強い日射から守る。JRAの調査で乳牛を飼育している畜産農家を訪れたとき、牛小屋の上に枝が大きく張り出した大きな木があり、屋根の上に落葉落枝が堆積するので困っていたが、あるとき思い切って切ってしまった。その結果、夏季の牛小屋の温度が高くなりすぎて牛が元気をなくし、却って困ったことになったと述懐していたのをおぼえている。
15 防火・類焼防止機能
葉に含まれる水分によって延焼を防ぎ、人の逃げ道を確保する。これは葉に含まれる水分が熱で蒸発してしまうまでの時間稼ぎである。葉の水分がなくなると葉は燃えだし樹木の効果はなくなる。阪神淡路大震災における大国公園のクスノキ樹群がそれ以上の類焼を防いだ例は有名である。クスノキは樟脳を含んでいることから、防火樹としてはふさわしくないと考えられてきたが、大きくて葉量の多い木がまとまった本数あれば、たとえクスノキであっても立派に防火機能を果たすことが証明されている。東京都のある小学校のグラウンドで、枕木を重ねて大きな焚火をし、周りにプランターに植えた常緑の樹木を、焚火を囲むように並べて樹木の効果を確かめたところ、樹木のないところは焚火からかなり離れないと熱くていられなかったが、樹木のあるところではほとんど熱を感じなかった。しかし、時間が経つにつれて樹木の葉が燃え出し、逃げ道の効果はなくなったという経験がある。
16 林産物生産・供給機能
建築用材、家具材、樽・桶の材、薪炭、きのこ、薬用植物、果実、松脂、線香(スギの葉)、香料、杮葺き(こけらぶき)、檜皮葺き(ひわだぶき)・杉皮葺きのための樹皮、蜜源、紙・パルプ原料などを供給する。林産物は再生産が可能な資源であり、経済的に極めて重要である。また、近年は意義が廃れてしまったが、農用林としても大きな意味を持っていた。堆肥や木灰の原料となる落葉や小枝、稲架木(はさぎ)などの採取場所であった。
17 景観形成機能
森林の景観を向上させる機能は極めて大きい。アフリカの半乾燥地域や地中海地域など樹木の少ない地域から帰国すると、日本が極めて緑豊かな国であることを実感し、とくに鉄道や道路の沿線の樹林が如何に景観形成に大きな役割を果たしているかがわかる。
18 ランドマーク機能
移動する人間の目標となり位置を明らかにする。樹林でなくとも、単木でもこの効果は大きい。沿道の巨木は遠くからでもわかることが多い。ナビゲーションシステムの発達によりこの機能は忘れられがちであるが、今でも重要な機能であると思う。
19 森林浴の場
樹木から発散される様々な物質(主にテルペン類)や葉の緑色が人の健康を増進し、精神を安定させ疲労を回復させるといわれている。
20 レクリエーションの場
森林を利用したレクリエーションの場や休憩場所となる。近年、全国各地にフォレストアドベンチャーや類似施設、ツリーハウスなどが数多く設置されている。長年樹木に施設を取り付けたままでいると、木の肥大成長によって施設が幹に食い込み、幹が変形したりしているのを見るので、取り付ける樹木を変えたりして、樹木に大きな負荷を与えないことが肝要である。筆者は、商業的なレクリエーション利用は、たとえ木を傷めることがあっても、樹林に無関心で近づこうとしないよりははるかにましであると思っている。また、森林を所有することが大きな負担となっている現代では、森林所有者が所有する森林の一部をレクリエーション利用に提供して、そこから得られる利益によって、ほかの森林の管理費を出せるようになることが重要であろう。
21 研究や学習の場
科学的・文化的な研究・学習の場を提供する。
22 有用微生物の棲息場所
抗生物質など重要な医薬品の多くは森林土壌に棲息する微生物に関する研究を基にして製造されている。
以上の諸機能の大きさは樹種、樹林の高さ(林冠の高さ)、林冠構成木の太さ、林床植生の状態等に左右されるが、特に樹木が樹高、直径共に大きければ大きいほど機能が高い傾向がある。
Ⅱ 平地林の特徴
都市化が進んだ結果、現在、平地林は極度に少なくなっているが、以下のような特徴を備えている。
1 平地林の林相
平地林の林相は多様であり、北海道の渡島半島にはわずかながらブナ林も存在するが、多くはミズナラ林やシナノキ林、コナラ林などの落葉広葉樹林とトドマツやカラマツの針葉樹林である。東北地方以南はコナラ・クヌギ・シデ類を主体とする落葉広葉樹薪炭林、マツ林(アカマツ、クロマツ両方あるが、両者の自然交雑であるアイマツ(アイノコマツ)も多い。クロマツの形質が多く表れているものをアイクロマツ、アカマツの形質が多く表れているものをアイアカマツという)、カシ類・シイ類を主体とする常緑広葉樹薪炭林、スギ・ヒノキ林、モウソウチク・マダケなどの竹林などで構成されている。その中でもコナラやクヌギを主体とする落葉広葉樹林は面積が最も大きく、近年の燃料革命によって薪炭需要が激減して伐採されずに放置された結果、全体的に林冠が高く幹も太くなっている。高木層は落葉広葉樹で構成されているが、亜高木層はシイ類・カシ類の常緑広葉樹となっているところが多い。このような林相の樹林はいずれ常緑広葉樹が優占する林になるであろう。西日本はコナラやシデ類の落葉広葉樹林も多いが、カシ類、シイ類、クスノキ、タブノキなどの常緑広葉樹林(照葉樹林)が主体となっているところが多い。東北地方以南、九州まではモウソウチクやマダケの竹林も多い。全体的に林冠はほぼ鬱閉状態のところが多いが、落葉広葉樹林の落葉期は林内が明るく、農用林としての落葉採取もほとんど行われなくなった結果、林床植生が発達しているところが多い。飛鳥時代、奈良時代及び平安時代に数多く造営された西日本の社寺仏閣はスギやヒノキの巨木を惜しみなく使っているが、昔は平地林にもスギやヒノキの巨木が多かったのであろう。また、江戸時代の浮世絵などを見ると、モミが普通にあったことがわかる。農家の裏庭などにはケヤキが数本林立していることが多いが、これは防風と用材採取(弁甲材、建築用材など)を目的としたものである。
2 林床植生
日本の平地林の林床植生はササ類が多く、北海道ではクマイザサやミヤコザサ、東北地方ではスズタケやミヤコザサ、関東地方ではアズマネザサ、西日本ではネザサ類が繁茂しているところが多い。ササ類が刈り払われているところも多いが、低灌木が繁茂しているところもあり多様である。極めて少なくなったが、エビネ類、キンランやギンラン、カタクリなども存在しているところがある。
3 樹勢の衰退
青森県以南鹿児島県までの平地林にはところどころスギ林があるが、その多くが何らかの樹勢衰退現象を示している。最も目立つのは梢端枯れである。梢端枯れの原因は都市のヒートアイランド現象等による気温上昇と考えられている。スギの梢端枯れは当初は酸性雨が原因ではないかとされていたが、酸性の水を苗木に散布する曝露試験では、スギは他の樹種よりも高い耐性を示している。また、スギは尾根や中腹よりも谷筋を好む樹種であり、水分要求量が多い樹種である。以上のことや他の証拠により、現在は都市のヒートアイランド現象(気温上昇)や地下水位の低下、舗装や排水溝の発達による土壌水分の減少(乾燥化)等が重なって、スギ樹体内での水分上昇能力が昔よりも低くなり、梢端枯れを呈したのではないかと考えられている。
ケヤキも開けた谷の崩積土壌を好む樹種であるが、農家の裏庭の背の高いケヤキの樹群や公園、街路樹等に植えられたケヤキの中に、晩夏から初秋のころに、極めて小さい葉が褐色に枯れて落葉しないで一冬を過ごす現象がみられる。筆者の記憶では子供のときにはこのような現象は見なかったと思う。この現象は筆者の観察では以下の様に説明できる。ある年の初夏から夏にかけて、降水量が少なく暑い気象条件になると、形成されるケヤキの芽は極めて小さく、翌春その芽が発芽すると細く小さな小枝に小さな葉を着けた状態となり、花が咲いて夏の終わりころに痩果が充実すると、葉は緑色を失って紅黄葉せずにそのまま枯れてしまう。しかし、葉と小枝の間には離層は形成されず落葉しない。小枝には越冬芽も形成されない。11月に入って木枯らしが吹くころになると、小枝と枝の間に離層が形成され、順次小枝ごと、木枯らしに乗って遠くに飛ばされる。その際、小枝に着いた枯れて乾燥した葉が翼の働きをして痩果を遠くへ運ぶ働きをする。気温が高く乾燥してケヤキにとって不利な立地条件に対する生態的適応ではないかと考えている。
関東地方の平地林のスギには幹の溝腐れ病も目立つ。おそらく千葉県の山武杉で多発している非赤枯れ性溝腐れ病(原因はチャアナタケモドキという担子菌類)が多く発生しているのではないかと考えているが、赤枯れ病(北米から入ってきたジャイアントセコイアの病気)もあるかもしれない。
Ⅲ 平地林の保育管理
薪炭需要が激減して昔のような薪炭林施業を行うことが困難な現代は、昔と違った新たな保育管理法が求められると思う。
- 植林
薪炭林は普通、二次林として成立し、人の手による植林は少ないが、果実の供給源となる母樹が全くないところでは植樹が必要となる。苗木はT/R率(地上部重量÷地下部重量)の値がなるべく小さいものを選ぶとよい(1以下のものが理想である)。
2 更新
平地林の多くは主林木が大きく育ち、樹齢も100年を超えていて切り株からの萌芽更新が困難になっているところが多いが、もし大きくなった木を伐採して萌芽更新を図る場合はすべてを伐採するのではなく以下のような方法も検討すべきではないかと思う。
・傘伐天然下種更新(さんばつてんねんかしゅこうしん)は上方天然下種更新ともいい、ブナ科樹木のように種子が重く大きく風で飛散しない樹種で用いられる方法である。最初に疎伐し林床植生も整理して林内を明るくし、一方では切り過ぎて乾燥しすぎないように注意しながら落下種子の発芽を可能とする。次に、実生が生えて幾らか大きく成長した段階で林床の灌木類や目的樹種以外の高木を伐採する。最後に、十分に大きく育った段階で母樹を伐採する。以上のように伐採を3段階に分けて行うので、三伐天然下種更新ともいう。ただし、実際の伐採はそれだけでは終わらず、林木の成長にあわせて密度調整のための伐採が必要となる
・昔、どんぐり作戦などと称して、全国の子供たちにどんぐり類を拾ってもらい、集めたどんぐりで樹林を再生しようとするプロジェクトが盛んに行われたが、多くの場所で失敗したと聞いている。筆者はこのようなプロジェクトに参加したことはないが、想像するにどんぐりを拾って現場に集めて蒔くまでに、あるいは苗畑やポットに蒔くまでに時間がかかりすぎ、乾燥しすぎたのが主な失敗原因ではないかと思っている。どんぐり類は1週間ほど乾燥状態に置かれると発芽能力を失ってしまうとされている
・傘伐天然下種更新において、母樹とする高木の数は林冠高、高木の太さ、立木密度、活力状態等によって変わるが、樹高25m程度のブナ林やミズナラ林では1ha当たり25本程度とされている。しかし、林冠高が低くなれば本数を多くし、立木密度が高くて樹冠径の小さい木が多い場合も本数を多くする。逆に、立木密度が小さくて樹冠が大きく横に広がっている場合は、本数を少なくする、とされている。ブナ科樹木の殻斗果は大きくて遠くへは飛散しないので、サクラ類やシデ類のような風散布型、鳥散布型の樹木の方が実生苗が発生しやすいようである。東京都練馬区の光が丘公園で観察した現象であるが、林床に見られるカシ類やナラ類の実生苗は母樹の樹冠の範囲にほぼ限られ、分布の広がりが極めて遅かったが、鳥散布型のサクラ類やクロガネモチの実生苗は、種子を運ぶ鳥(主にヒヨドリ)のとまる枝の直下に多く見られた。おそらく、殻斗果を運ぶネズミやリスなどの哺乳類が光が丘公園にいないことが一因であろう
・大きく太くなり過ぎた落葉広葉樹林薪炭林を伐採して萌芽更新を図り、昔のような細く背の低い株立ち木で構成される状態に戻そう、という活動が各地で展開されているが、現状の樹林が持つ極めて大きな環境保全機能を著しく低下させることになるので注意が必要である。太くなり過ぎたコナラなどは潜伏芽の活力が低下しており樹皮も厚くなっているので、伐採しても萌芽数が不十分で更新がうまくいかないことが多い。昔は切り株が100年を超えると萌芽効率が極端に低下し、更新に失敗することが多くなるので、大体15年から20年ごとに伐採して4回から5回薪炭を採取すると、植え替えるか畑に戻したという
・樹幹の高い位置の樹洞を利用する野鳥や哺乳類にとって、樹高が低く幹径の細い樹木だけで構成される樹林は生息場所として利用できない。また、背の高い樹木の樹冠上部に営巣する猛禽類等も生息できなくなり、多様な着生植物も消滅する。放置され大きくなり過ぎた薪炭林は新たな生態系を形成しているのであるから、その状態を大切にすべきであろうと考える
・萌芽更新や傘伐天然下種更新でなくとも、伐開後の埋土種子の発芽、野鳥が運ぶ種子からの発芽、根系からの根萌芽等によっても樹林は成立するが、目的とする樹種、例えばコナラを主体とする樹林ではなく、イヌザクラ、ウワミズザクラ、ムクノキ、イヌシデ、アカシデのような樹種が主体の樹林となるであろう
・既存の落葉広葉樹林の全部を伐開するのでなく、樹林境界の10mから数十mの範囲はそのまま残す方がよいと思われる
3 密度管理
・残す既存林も放置するのでなく、成長に応じた密度調整(間伐)を数年毎に行っていく必要がある
・密度調整は相対幹距比の考え方を採用するのがよいと思われる。相対幹距とは前後左右4方向の隣接木との平均距離であり、相対幹距比=隣接木(東西南北あるいは上下左右の4方向)との平均距離÷林冠の高さ(高木層の平均樹高)である。普通、立木の適正本数は樹高が異なれば計算をし直さなければならないが、相対幹距比は樹木の生長にかかわらず同じ値を使うので、計算が極めて楽である
・スギ林では、相対幹距比=0.17~0.2が適正とされているが、落葉広葉樹林では、0.25~0.3が適正とされている。この相対幹距比から立木の適正本数が算出される。仮に相対幹距比を0.2とすると、樹高30mのスギ林の場合の1ha当たりの本数は、相対幹距は30m×0.2=6m、1本当たりの必要面積6m×6m=36m2、1ha当たりの適正本数は10,000m2÷36m2=277.78本≒278本となる
・落葉広葉樹林やマツ林の場合、仮に相対幹距比を0.3とすると、高木の平均樹高20mの場合は278本/haであり、25mの場合は178本/haである
・高木の立木密度調整と共に林床植生管理も適切に行い、林内でのドングリ類の発芽と成長が容易となるように乾燥しすぎないようにし、実生苗の成長に応じて上層木の密度を下げていく
・育林段階で間引く必要があれば適宜除伐や間伐を行う。除間伐対象は倒伏しそうな木を優先する必要がある。平地林は不特定多数の人々が立ち入る可能性が常にあり、木が倒れたり大枝が落下したりして死傷事故が発生する可能性があるので、その点に注意しながら管理することが重要である
この記事を書いた堀先生はこんな人―――――――――――――――

堀 大才(ほりたいさい)、昭和22年生、岐阜県恵那市在住。現在は樹木生態研究会最高顧問、元樹木生態研究会代表理事、元東京農業大学非常勤講師、元法政大学兼任講師、元財団法人日本緑化センター職員(樹木医制度の創設、緑化技術の研究開発担当)。
主な著書に、新版絵でわかる樹木の知識(講談社)、樹木土壌学の基礎知識(講談社)、樹木学事典(編著・講談社)、樹木診断調査法(編著・講談社)、絵でわかる樹木の育て方(講談社)、翻訳書に、C.ダーウィン著:種の起原-原著第6版-(堀伸夫との共訳・朝倉書店)など。
受賞歴:日本造園学会技術賞、樹木医学会功績賞


